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2008年7月24日






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株式会社岩の原葡萄園 製造部/上野翔さん
オシゴトの内容は?
ワイナリーのさまざまな仕事をしますが、主にワイン瓶詰めの監督・オペレーターをしています。瓶詰め機械がトラブルなく安定して稼働するよう管理します。ほかにもぶどうの栽培からワインの醸造まで、製造全般を幅広く行います。

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タイトル
後藤孝志(ごとうこうじ・1969年5月14日生まれ)|1987年、愛知県中京高校のキャプテンとして甲子園で活躍。その年のドラフト2位で巨人に入団。長い下積みを経て、95年に初ホームランを記録するなど活躍し、一軍に定着。常に全力のプレースタイルは多くのファンを魅了したが、そのプレースタイルゆえに、ケガと故障に泣かされた。ガッツあふれる勝負強い打撃と、内外野どこでも守れるユーティリティプレイヤーとして重宝され、2002年には、西武ライオンズとの日本シリーズ第4戦で松坂大輔からだめ押しタイムリー三塁打を放ち、チーム日本一に大きく貢献。2003年には、9回に登場し、決勝ホームランや同点タイムリーを放つなど活躍し「ミスター9回」「9回の男」のニックネームを持つなど大活躍。2005年、若手の積極的な起用もあって現役を去ることとなる。2006年、ニューヨークヤンキース参加1Aタンパ・ヤンキースにコーチ留学を経て、2007年、新潟アルビレックスBC(北信越BCリーグ)の初代監督就任に就任。
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2007年4月、北信越BCリーグが開幕する。新潟県、長野県、富山県、石川県の4県に設立された4球団によるリーグ戦が繰り広げられる。新潟には、新潟アルビレックス・ベースボール・クラブが誕生し、その初代監督に就任したのが後藤孝志氏である。巨人軍で活躍した後に、単身ニューヨークにコーチ留学し、この新潟で初めて指揮を振るう。「厳しいプロの世界を生き抜いた男」の仕事観についてインタビューした。
ー 学生時代は、どんな学生でしたか?
いや、学生らしい生活をしたことがないですからね。小学校の高学年から「プロになるんだ」と思って野球漬けでした。ちっちゃい頃は、ボールを握りながら学校に行って、授業中もボールを握っていました。兄貴も甲子園に出てますが、母親には「野球のせいで家族がバラバラになった」って泣かれたこともあります。家族旅行なんて行ったことないですし、遊園地にいったこともないし、デートもしたことないし(笑)。毎週、毎日、野球していました。高校3年間で部活が休みだったのは、2日間だけじゃなかったかな。始発で登校して、終電で下校するような生活でした。だから、普通の学生がどういうものか分からない。


ー その努力が実って巨人軍に入団しましたね。
一軍に定着するまで6、7年くらいかかったんじゃないかな。どんなに頑張っても報われなきゃ、努力じゃないですし、結果が伴わなければ、それは、"あがき"だと言われました。やっと結果を出してレギュラーに定着してもけがで離脱したり。「30試合持たない男」なんて呼ばれました。


ー 代打の切り札として、ファンからの絶大な支持がありました。それでもファンの期待ほどには、出場機会は多くなかったように記憶してますが…。
そんなことはないです。使うのは監督ですし、その部分をコントロールはできないですからね。使われないのは、自分に何かが足りないから。使ってもらうには、信頼を積み上げるしかない。一回しくじったら、その信頼は失いますけど、また積み上げればいいだけ。信頼を失うのは早いですよ。それで、続けることの大事さを学んだと言うか、続けて結果を出していくことの楽しさ、と言うか…。ここであえて"楽しさ"、と言いましたが、窒息しそうなプレッシャーの中で悩んだ時期もありました。


ー 何回かは辞めようと思ったこともありますか?
辞めようと思ったことはないです。せっかく、ちっちゃい頃から野球だけに生活をささげて、プロ野球選手になれたんですから。さっきも話しましたが、高校時代は、始発、終電の生活。それでもお母さんは帰るまで、起きて待っていてくれた。 そして寝るのは僕が寝た後。 朝は僕よりも先に起きて、食事を作ってくれていました。だから「お母さんはいつ寝ているのかな?」ってのが、あの頃の想い出かな。家業のそば屋を切り盛りして、昼は寝る暇は無いはずなんです。母にはただ感謝です。(面接などで)僕は、その人を知りたいときに、ひとつだけ、必ず聞くことがあるんですよ。「あなたは誰に感謝していますか?」って。
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かつて、僕はこの質問に即答できなかった。今ははっきりと答えることができます。僕は親ですよ。答えは、人それぞれで何でもいいんです。誰に感謝しているのか。それにすぐに答えられる人を僕は尊敬しますね。感謝の気持ちをもっている人を尊敬します。


ー 2005年に惜しまれながら引退されました。子供の頃からあこがれていたプロ野球選手です。もっとできるという思いはありませんでしたか?
いやいや、そんなことないです。「プロ」と名の付く以上、ごまかしが利かない世界です。やる、やらないは、自分の気持ちですけど、お金をもらって職業としてやっているならうそはつけない。僕がフロントの人だったら、ベテランに「もう来年はいらないよ」なんて言いにくいでしょうから、自分から「今年で引退します」って言いました。まだシーズン中盤の7月くらいには言ったんじゃないかな。それからはベテランとして、自分の経験を次の世代に伝えましたよ。若手に請われれば、何でも教えました。


ー 選手時代から指導者を目指していましたか?
ええ。辞めると決めてからは、次の目標として指導者を目指しましたね。コーチ、指導者というのは「(僕を指導者として)使って下さい」とお願いするようなものではない。「力を貸してくれ」と言われるのがプロだと思うんです。僕自身、そう言ってもらえるように勉強し続けています。


ー ニューヨークでのコーチ留学が、大きな経験になったそうですね。
どっかからお金をもらってたら、あれほどのことを吸収することはできなかった。(給与や支援も)ゼロで行ったからね。泊まるところも旅費もすべて自分。アパートも自分で契約しました。だからこそ野球だけではない、いろいろなことを吸収できました。あと、アメリカでは一人の時間が多かったですから、読書や新聞を読む時間が増えたことも大きな収穫でした。自分で読もうと思ったものから得るものは大きいです。だからと言って若い人に「僕はもったいない時間を過ごしたから、みんなは、若いうちから本や新聞を読みなさいよ」と強要はできない。人に言われて吸収するものは少ないですよね。自分で行動し、経験することから得ることは大きいですからね。


ー 北信越BCリーグという未知の世界で、初の指揮官です。不安なことも多いと思いますが、今の心境は?
どうなるかは分かりません。しかし、起こりうることのすべてを受け止める準備はできています。不安はないです。ただ日本の文化で新しいことをやろうとすると、批判から入るじゃないですか。「サッカーと同じように成功するわけがない」というような声。それは寂しいですね。だから僕らは「見せる」しかないです。言葉ではなく、見せることが大事。僕は英語も知らずに、アメリカにコーチ留学したんですが、初めて覚えた言葉は「ドントテルミー、プリーズ、ショウミー。(言い訳はいいから、見せてくれ!)」です。


ー 仕事に関して、大切なことは何でしょうか?
あきらめずに続けることが大事。まずは、第一に「思う」ことからすべてが始まります。そして、それを行動に起こすこと。あと、頑張ること。最後に、一番難しいのが、続けることです。辞めることは簡単ですよ。あきらめるのは、簡単。続けることが大事。好きだからうまくなるんでしょ。


ー 最後に、学生たちにアドバイスをお願いします。
自分の思うようにすればいいと思います。僕は現役時代「100人いたら、100通りのやり方がある」と思っていました。でも、今は「100人いたら、100通りの成功がある」と考えが変わりました。人それぞれ、物差しが違うということです。自分が正しいと思うことをやればいい。あと、やっぱり若い人たちがうらやましいです。今から何でも選べるし…。こんな風に、若い人に何かを言うとかじゃなくて、本当は若い人に聞きたいくらいなんです。そして若い人にいろいろ教えてもらいたいですね(笑)。



後藤監督が現役時代を過ごしたのは、プロ12球団の中でも、常に優勝を求められる巨人軍の一員。壮絶な競争の中、自らの力で勝ちとったポジションは、誰よりも期待とプレッシャーの掛かる「代打の切り札」。インタビューの中で、人にまねできないだけの努力をしても「それでも自分には裏切られ続けた」という言葉が印象的でした。「これだけ努力したから、今日は打てるだろう。またダメだった」という毎日。想像できないほどの栄光と挫折を通して到達した境地は「起こりうるすべてを受け入れる準備はできている」。それは、自分に厳しい課題を設定し続け、常に努力を欠かさない者だけが到達できる境地。

後藤監督の言葉の裏側には、23読者に向けての「努力した人間、すべてが成功するとは限らない」という厳しいメッセージと「努力をしたものだけが得ることのできるものがある」というエールが感じられた。(text:小林 友)
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